発達障害と社会人基礎力
【執筆者】かめたーとる
【プロフィール】
ADHD当事者。大学でのキャリア教育や就職活動支援、企業での障害者雇用の研修講師を務める。
今回は、社会人基礎力について取り上げたい。
社会人基礎力とは、経済産業省が2006年に提唱した「職場や地域社会で多様な人々と仕事をしていくために必要な基礎的な力」のことを指す。
端的に言うと、どんな仕事にも共通する基礎力のことだ。
社会人基礎力の構成と分類
社会人基礎力は、「前に踏み出す力」「考え抜く力」「チームで働く力」の3つの能力から構成され、その下位分類が12の要素に分けられている。
この社会人基礎力は大学でのキャリア教育、若手社会人の職業能力育成などの文脈でよく使われる。
確かに、社会人基礎力は重要な概念で、この能力が全体的に高い学生は、大学のプロジェクト学習(PBL・企業や行政の現実の課題を解決する)で活躍し、就職活動でも内定が多い傾向にある。そういう理由もあり、大学の単位科目の中に、社会人基礎力養成を目的とする講座も珍しくない。また、若手向け企業研修では社会人基礎力は珍しくないテーマだ。
では、発達障害のある方と社会人基礎力について考えてみたい。
発達障害のある方と社会人基礎力
社会人基礎力の要素の中で、発達障害のある方は特性として苦手なものが存在する。
例えば、ADHDのある方は計画力・規律力に問題があることが多い(私もそうだ)。
自己コントロールが苦手なので計画を立てるのが苦手で、衝動性が高いので計画どおりに実行することはもっと苦手。不注意性が高いので、社会のルールや人との約束を、守ろうと思っても守れない。
また、ASD(自閉症スペクトラム・旧アスペルガー症候群)がある方は、働きかけ力・発信力・傾聴力・柔軟性などで難が見られることが多い。
社会性が人と異なるため、うまく他者に働きかけられない場合が多い。また、コミュニケーションの問題を抱える場合が多く、発信力、傾聴力に頻繁に課題が見られる。そして、特定の行動に固執する傾向にあるので、柔軟な対応を苦手にとするケースも見られる。
このように発達障害のある方は社会人基礎力をバランスよく身につけるのは困難な可能性が高い。(突出してできるものもあるだろうが)。
では、この社会人基礎力を全体的に身につけた方がいいのだろうか。
論点は2つある。
「楽に生きたいのか」
「自分らしく生きたいのか」
だ。
発達障害のある方の社会人基礎力は生き方によって選択肢が異なる
「楽に生きたい」のであれば、社会人基礎力は身につけた方がいい。社会人基礎力は、どんな仕事をする上でも、あって当たり前とされる能力の集合だ。社会人基礎力をバランスよく身につけることができれば、ある程度環境が変わっても働くことができる。そして、仕事内容が変わっても適応しやすい。
日本の企業はメンバーシップ型雇用だと言われている。組織の一員として採用され、職務は明確に決まっておらず、ジョブローテーションで様々な仕事をしながら成長していく。環境が変化していくので、それに適応し続けなくてはいけない。
社会人基礎力あると、どんな環境でも仕事をしていくことができるのだ。そのため、社会人基礎力があると、適応し続けられる可能性が高く、楽に生きることができる。
では、どうやって社会人基礎力を身につけていくか。それはひたすら改善だ。
一般的な改善方法ではなく、自分にあった改善策を身につけていかないといけない。
私の場合、「忘れ物対策」「締め切り対策」など、困りごとの対策を何度も失敗と改善を繰り返しながら、身につけてきた。
そして、社会に出て10年くらいして、なんとか社会人としての基礎をなんとか身につけることができるようになった(通常の社会人は2〜3年くらいで身につける)。膨大な努力が必要だったが、問題を起こすことが少なくなり、かなり楽に生きられるようになった。
一方で、こんな想いもある。楽に生きるために費やした10年間の努力を、もっと自分の得意なことに使ったら、私の人生はどうなっただろうと。
私には、講師業という強みがある。本当はそちらを伸ばすことに全力で力を入れたかったが、困りごとが起こすマイナスを恐れ、できないことを身につけることにもかなりの力を使った。そのおかげで、仕事が増えた面もある。
しかし、私は一生講師業を続けたい。であれば、自分の弱みを補おうとするより、講師業での強みを伸ばし続ける方が、より「自分らしく」仕事を進めることができたのではないかとも思ってしまうのだ。
発達障害のある方は、自分が得意なことに関して非凡な力を発揮することが多い。自分の中で得意の芽を見つけた方は、そちらを全力で伸ばすという選択肢もあり得ると思う。自分の強みを伸ばし続けることで、自分の特性を本当の意味で活かすことのできる「自分らしい」生き方ができるようになる。
このように、社会人基礎力を身につけるかどうかは、「楽に生きたいのか」「自分らしく生きたいのか」によって異なる。楽に生きるためには、社会人基礎力を習得した方がいい。自分らしく生きるためには、習得する必要はない。
発達障害のある方は凸凹がある。社会人基礎力を身につけるための努力は凹を埋めることになる。自分の得意を伸ばすことは凸になる。二者択一で決めないといけないものではないが、どのようなバランスで力を注ぐかは決めることができる。
そして、それによって、どんな人生を送るのかも変わってくるのだろう。
【かめたーとる】
ADHD(注意・欠陥多動性障害)の診断を受けた当事者。大学卒業後、金融機関を経てベンチャー企業に出向。そこで不適応を起こして逃げるようにフリーランスに。小・中学生対象の塾講師を経て、現在は様々な大学でキャリア教育、就職活動支援の講師をメインに仕事を行なっている。特性上、数々の失敗体験、不適応体験を持つ。発達障害者の就労、ADHDの特性の記事などを担当するはずが、思いつくままに記事を書いている。
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